更新を(ある程度)定期的にする、という事
d-s-j: BLOG orthodoxとブログ異端派 BlogHeterodox [絵文録ことのは]の事で、少しだけ思う事。
jackalさんのBLOG orthodoxの
■更新を怠らない(放置しないという意)
に対して、松永さんは、
更新はネタがあるとき、書きたいことがあるときだけでOK。飽きたら放置しよう。気が向いたらまた復活しよう。
と書いている。
前者が「更新義務」(というと大層だが)という縛りで、後者が「したい時に更新すりゃ良いじゃん」っていう自由のように見える。
しかし、こりゃわたしだけかも知れないけど、「したい時にすれば良い」って実は案外しんどくない?と思ってしまう。
だって、これってひっくり返したら、「更新したのは、『書きたい』ってネタが出来たから」とも言える。
例えば、わたしが、もしも数日に一回程度記事書いてる人だとして、しばらく更新途切れて、そこで書きたいんだけどごく詰まらない(とわたしが思う)ネタが浮かんじゃったら、これ、書き難いよ。
「久し振りの更新でそんなネタかよ」とか思われるんじゃないかと考えちゃう。
(大体)毎日、無理でも更新してるから、「詰まらないけど書きたいネタ」も流れで書き易い。
この気楽さを買うために、無理に毎日更新しようとしてるようなもんだったり。
いや、それが良いか悪いかはおいといてさ(笑)
勿論、そんな風な事(しかも、恐らく杞憂だ)意に介さない人なら、天衣無縫に書きたい時に書きたい事を書く、ってのでも構わないんだろうけどね。
少なくとも、わたしはそんな自由人じゃないので。
あー、後、無理にネタを捻り出すのは、だるいけど楽しい。
気づくと、無理に考えてたはずなのに、連想につぐ連想で思わぬ空想に繋がったりしてて。
それで他人が見て面白い記事書けるかは別問題だけどね(多分、概ね面白くないけど、わたし自身は楽しいさ)
ま、妄想するだけして、記事にしてもまとまらないから捨てる事も良くあるんだけどさ。
ああ、これって結局、わたしの場合、「したいようにする」のが結果的に「毎日更新」なだけなのかな。
文章こねくってりゃ楽しい人だからね(笑)
ただ、「継続は力なり」とかな言葉は大っ嫌いなんだけど、散発的に更新してる人も、例えば、イベント的に更新強化週間みたいな感じで、無理に毎日更新してみたら、面白いんじゃないかなぁ。
で、「うわ、こんなんずっとは嫌やろ」ってんなら、強化週間終了で通常更新に戻しゃ良いんだし。
あ、他人にそれ言うなら、わたしの方も、記事内容強化週間みたいなのやらなきゃ不公平なんかな。
…まぁ、気が向いたらやるかも(逃げてるなぁ(笑))
思ったより長くなったな。
ま、ホントにこの一点で語りたかっただけなんで(自己中だなぁ)
全般的に見りゃ、自らオーソドックスにいきたい人ぁそうすりゃ良いし、ヘラシーにいきたい人はそれも良いんじゃないかと思う。
なにも性に合わないのに「かくあるべき」で基本形に縛られる事もないけど、逆に基本形が性に合ってるなら意識的に縛られる事で解放される事だってあるんだし。
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